第五章

 

 

第五章

共通項

「はっ、はっ、はっ――」

 少女は、走る。

 夏の太陽に晒され、熱気に侵された大気を孕んだ、灰色の廊下を。

 走る。

「はっ、はっ、はっ――」

 暑い、と彼女は思考する。

 湿った暑さは体に纏わり尽き、不快指数は軒並み上昇している。

 何故、と彼女は思考する。

 ……何故、核さんは屋上に――。


 彼の『闇』は既に覚えている。付き合って五年だ。知らないところが無いとは口が裂けてもいえないが、知っていることも多くある。

 膝上数センチのスカートを翻して、彼女は走る。

 息は少し荒く、汗が首筋や胸元に滴って、気持ち悪い。

「はっ、はっ、はっ――」

 息は荒くても規則正しく、乱れることは無い。

 気づけば、硬く拳を握り締めていた。

 胸のうちにあるのは焦燥感。そう、これは――

 ……怒り……!!

 何故あの人は自分を置いて行くのだろうか。いや、恐らくは何も考えていないのだろうけど。

 思わず溜息を吐きつつ、しかし前を見て走る。

 進む足に疲れはなく、魔力を体に廻らせ続ける。

「はっ、はっ、はっ――」

しかし、怒り以前に一つの感情がある。

 焔のような、氷のような、矛盾して、相反して、合致している感情。

 それが自分を駆り立て、走らせる。

 ……早くっ、会いたい……っ!

 想いは、少女を駆り立てる。

 駆り立てられるままに、彼女は階段へと飛び込んだ。

 美紀という名が彫りこまれた、ネームプレートを落として。



 屋上というのは、本来余り広い場所ではない。 

 元々、余白部分を多少使える程度に開放したのが屋上であり、学校などの施設では開放されていない場合が多い。

 更に、開放されていない屋上とは、危険という理由があるから閉鎖される場合が多い。

 つまりは、場所が狭かったり、フェンスの老朽化だったりなどだ。

 それは要たちの学校――神矢学園の屋上にも言える。

 面積は25メートル四方程度。少し走れば途端に地面がなくなる広さ。

 そんな場所に、三つの人影があった。

 一つは少女。

 瞳に銀の焔を灯し、二つの人影を見上げている。

 一つは少年。

 無邪気さと穏やかさが混同した顔で、二人から多少離れた場所で見ている。

 最後の少年。

 自然体のまま、苦笑のような、疲れたような、微妙な表情で少女を見ている。

 彼らの上には、厭味なほどに輝く太陽。それは彼らの体温を上げ、屋上の素材であるコンクリを加熱する。

 少年――朝闇要は思う。

 ……どうするよコレ。

 メンドイッつーか、自分の経験の中で体験したことがない。そもそも野良でここまで能力がイッてる人狼に出会ったことがない。

 『協会』への報告もあるし、既に知性があることを確認した上に犯人ではないため、始末はできない。

 ……となると、尋問して目的を吐いてもらうしかないわけだが……。

 元々、各地方への守護者への通達無しに、人外、異能者、魔術師が行動するのは重大な犯罪だ。

 『魔術』、『異能』、『人外』、人の範疇を粉微塵にまで砕ききるこれらは、明るみに出ていい代物ではない。

 故に、彼らの行動は、『守護者』によって監視、制限される。

 魔術の使用や、勝手な戦闘行為、またはそれらに準ずる行為は、『協会』特製の牢屋へのカギとなる。

 だからこそ、彼女の行為を、この地の『守護者』として見逃すわけにはいかないのだが、

 ……どーすっかなぁ……。

 実害は出ていないし、誰にも気付かれてはいない。

 それどころか、もしかすれば事件のカギを握っているかもしれない。

 絶好の機会だ、と要は思う。

 だが、

 ……事件なんぞ、どうでもいいしなぁ……。

 だいたい、『守護者』に、その土地の住民を守る義務はない。

 悪魔でも、『魔術』云々の秘匿。

 これだけが義務だ。

故に、自分に市民を守る義務は無いし、守る気力も無い。そもそも、他人の命を全て救えると信じるほど傲慢ではない。

 確かに、誰かが襲われている現場に直面したら、助けずにはいられない。それは確信できるし、実行する。

 だが、だ。

 自分ひとりでこの街を救えるわけではない。

 魔術的面から見ても、精神的面から見ても、自分がこの街を救いきれるとは到底思えない。

 故に、自分がこの街を救おうなどとは思っていない。

 だから、と心に前置きをして、聖に向かって口を開く。

――聖さん」

「な、何?」

何処か気圧された様に身を退く彼女に、内心で苦笑しつつ、

「改めて、そして、もう一度だけ問うよ? ――君は、何故此処に来た?」

――!!」

 常人ならば意識を消されるほどの凄絶な威圧感を放ち、相手を威嚇する。

 効果は有るようで、眼前の彼女の顔は蒼白になっている。

 上手く行った事に喜びはあるが、それとは逆に、

 ……俺ってそんなに怖い顔してるのかなあ……。

 自分では目立たない普通の顔だと思っているのだが。

 もしも怖い顔だと感想を持たれたら嫌だと要は思う。

 第一印象は大切だからだ、と感情が反応して、そんな場合じゃないだろ、と理性が突っ込み、どっちも眼を覚ませと意思が二つを殴った。

「そう……!大事なのは意思……!!」

「おい、何でオマエは自世界に飛び込んでんだ」

「黙れ世界の恥部の集結体が」

 半眼で睨むと、何処吹く風というように三上は空を見上げている。

 思わず溜息を吐き、視線を前へと戻すと、

「……アタシは無視?」

「ん?かまって欲しいのかよ?何だそれならそうと早く言って欲しかったなほらほらこの胸に飛びこぶげっ」

 最後まで言い切る前に飛び上がりの後ろ回し蹴りで鼻を折っておく。そのための語尾変化だ。

 その所為で立ち位置が反対に、つまりは三上が扉の前に立ったわけだが、大して問題はない。せいぜい日向に出たぐらいだ。

 魂まで出てきそうな溜息を吐いた後、彼女のほうへと向き直り、

「ま、この馬鹿はほっといて、だ」

 後頭部を掻きつつ、またもや溜息を吐きながら、

「君の目的は、何だ?」

 言葉に多少の威圧感を付属させて意を放つ。

 コレはあくまでも『尋問』で、強制力は無い。だが、

 ……ここでしゃべらなかったら死ぬより酷い眼にあうからなぁ……。

 割と冗談は抜きで。

 そのまま視線を彼女から離さず、見る。

 お互い無言のまま、数秒が経ち、ややあってから、

――ゅうのためよ」

「ん?」

「私は、復讐のために此処に来たのよ……!!」

 思わず――

――――――――」

 咄嗟に、顔に手を当てた。

 そのまま俯き、相手に表情を悟らせないようにする。

「……」

「……ちょっと?」

 気にならない。

 それよりも、己を抑えることに必死だった。

 抑えた顔に浮かんでくるのは、哂い。

 ……此処にも、居た。

 自分と同じようなモノが。

 過去に囚われ、しかし自覚せずに進む愚者が。

 勝手に口角は吊り上り、眼は歪み、吐息は小刻みに揺れる。

 クツクツ、と、哂う。

 同属に出会えた歓喜か、それとも嫌悪か。嘲りか。

 どちらだって良い。

 ……ただ今は、愉快という感情に溺れるだけだ……。

 背を丸めて笑みの吐息を押さえ込み、腹に力を入れて声をくぐもらせる。

 は、と息を吐き、は、と息を取り込む。

 落ち着け、と理性が言い、意志もそうする様に命じる。しかし、

 ……無理だ……!!

 はぁ――っァ、と、笑みが混じった吐息を吐き、感情が、叫ぶ。

 コレが何の感情かは分からない。だがこの高揚は、あの時以来だ、と。

 数秒思考を巡らせ、ありとあらゆる理性と意志で感情を押さえ込み、何とか顔を上げる。

――――!!?」

「ん?どうしたんだ?」

 顔を上げた瞬間に聖が後ろに飛び退った。何だ何だ、失礼な。

「あ、貴方……!」

「いや、だからなんだと聞いているんだけど」

「……気付いてないの……?」

「は?」

 何のことだろうか。表情はいたって普通のつもりだが。それとも改めて自分の顔に嫌悪を覚えたとか?それは凹む。

 首をひねって考えていると、聖が、

「貴方……、殺しそうな貌してるわよ……」

――え?」

 言われて、顔に手を当ててみた。

 ……おいおい、これって……。

 口に手を当てる。歪んでいる。

 目に手を当てる。歪んでいる。

 頬に手を当てる。歪んでいる。

 どうシよウもナク、ユガんでいル。

「あれぇ……?」

 おかしい。今抑え込んだはずなのに。

 何故か、

 ……感情が駄々漏れに――

「……あれ?」

「ん?どうかした?」

「いや、何か普通の顔に戻ったから……」

「へ?」

 もう一度顔を触ってみる。本当だ。何処も歪んではいない。

 ……何だったんだ……?

 不思議に想い、しかし今は関係ないと思って目の前に集中する。

「まあ、今俺のことはいいとして。君、今『復讐』と言ったよな?」

「……ええ」

 質問してから数秒後。苦々しい声とともに帰ってきたのは肯定。

 復讐、と文字を頭に入れて、冷静に処理する。

 ……復讐、か。

 一度自分が通った道であり、未だに終わっていない道でもあり、そして現在、終わらせる気力が無い道でもある。

 仮初、と言う言葉を付けるのならば、終わった道でもあり、感想としては無意味、だ。

 実際、やり終えた後に残ったものなど何も無く、付いて回るものは過去の所業と恨みの連鎖だけ。

 それらが面倒になり、今では此処に落ち着いているわけだが、

 ……彼女は分かっているのか……?

 『復讐』とは他人のためではなく、只の自己満足であるということを。

 どれだけ被害に遭った人のためと言っても、復讐はその事実を受け入れることが出来ない自分の逃げ道でしかない。

 それが分かっていなければ、只の愚者であり、自分は途中で気付いた。そして、それを分かりつつも復讐を続けた自分は、

 ……救えない愚者。

 そこまで思い、考え、そして気付く。

 ……俺は、彼女に期待を……。

 勝手な期待だ。自分が気付けて居なかったことに、彼女が気付けて居たら嬉しいと言う、自分勝手な願い。

苦笑して、彼女を見て、

――君は、何のために復讐を?」

 誰が殺されたのか、とは問わない。

 先ほどの会話で、彼女の両親、もしくは片方が被害に遭ったのだと確信しているからだ。

 だからこそ、彼女が何のために『復讐』を果たそうとしているのかが、気になる。

 彼女は、言葉を聞いて瞳を鋭くし、怒り故の無意識の魔力を漏らしながら、言葉ごと、犯人を噛み砕くように、

「……簡単なことよ……! 殺された、父さんと母さんの為……!!」

――――」

 その言葉を聴いて、腹の奥に空洞が開いたような、硬い氷塊がぶち込まれた様な感覚を要は得た。

 それは失望から来るものであり、それだけ期待が大きかったことの証明でもある。

 故に要は、顔への笑みは失せ、

 ……ああ、だりィ……。

 肩から力が抜け、高揚は収まり、しかし失意を表に出さぬようにして、

「ふぅん……まあ、それで?」

――え?」

 眼前、彼女は此方の言葉に固まった。

 此方の言葉が意外だったのか、何なのかは分からないが、彼女は呆けた声を出して固まった。

 何だ。何か悪いことを言ったのか俺。

「……貴方、止めないの?」

「は? 何を?」

 いきなり何を言い出す?大体止めるって、何をだ?

「いえ、その……復讐?」

「……ああ」

 思わず何のことか分からなかった。

 腹の奥は醒めていて、何処か投げやりな口調になりつつも言う。

「何で俺が止める必要がある?」

――は?」

彼女が呆けたように口を開く。美少女の間抜け面というのもなかなか見れないものだと思う。

 慌てたように彼女は問いを放ってくる。

「い、いや、だって貴方、この土地の『守護者』でしょう?人民に被害が出たらどうするのよ!?」

 彼女は慌てている。何故だろうか。彼女には無関係な人間ばかりだと言うのに。

 ……ああ、駄目だな、この娘。何も分かっちゃいない。

 一々言うのが面倒だと、そう思いながら、しかし声を出す。

 ――ついでに、叩き伏せておこうとも。

「『守護者』にその土地の人を護る義務は無い。そもそも、『守護者』が守っているのは人間とかじゃなく、『神秘』と言う情報だ。それぐらい知ってるだろ?」

 はあ、と呆れの吐息をつき、だるいと心中で思いつつ、言葉をつらつらと述べていく。

「大体、この土地の人民を守る? ハッ! 絵空事は頭の中だけで終えていて欲しいって」

「なッ!?」

 心の中にあるのは嘲りと怒り。

 嘲りは、他人の心配などがあれば復讐などは出来ないと言う、経験者としての感想。

 怒りは、『力』があれば何でも出来ると言う、驕りへの憎悪。

 どちらかと言えば、怒りのほうが強い。

 ……ああイラツク。何だコイツ。

 何を驚いているのだろう。

 自分が強いと感違いでもしているのだろうか

「あ、貴方はッ! 街の人々がどうなってもいいと思ってるの!?」

「別に」

――!!」

 彼女は眼を銀に染め、落とした手を拳に変えた。

 そのまま震えるほどに力を込めている。

「……貴方はッ……! 人の心がないのッ!?」

「あるに決まってるだろ」

 人の精神がなかったらまともな術式使えないって。
 何故なら人間だから。

どっちかというと君の方が人外だろうが。人狼だし

「だったら……!」

 ああ、と内心で溜息をつく。
 この手の輩には、何を言っても無駄なのだと。
 そして、それを言えるのは、自分が体感し、体験していないからなのだと。

「貴方はアタシに勝っておいて――」

「あのさ」

 続けられようとした言葉を遮る。
 くだらない感情だな、と、自分で自分に嫌悪を持ち、それをだるいと評価してから、

「君は――俺を、君を、何だと思ってるわけ?」

――!?」

 自然と魔力が体から溢れていた。
 感情が意思を生み、無造作に魔力が精製されていく。
 感情は――怒り。

「君に勝ったぐらいの『モノ』が、この街を救えると? ははっ、慢心も其処まで逝くと一種の才能なんじゃないか?」

「なっ――」

 彼女が絶句する。眼を見開き、体を固まらせる。
 くだらない、と言葉が頭に浮かび、乾いた笑いが漏れ、その通りに心は醒めており、

 ……あ、駄目だ。

 心の何処かで己を止めさせようとする理性がある。

 ……何で俺は、彼女をこんなふうに追い詰めてる?

 ただ怒っているだけで、それを説教すればいいのに。

 ――説教する意味が無い。

 ――傲慢は他者の話を受け付けない。

 ――性格的に人の話を聞かない。

 ああ、と納得する。完全な理由だ、とも。特に最後の一つが。

 一人で苦笑する。
 それを自分に向けられたと思ったのか、聖は怒りを押し出し、

――!! っ、ふざけないで!! 私は『神血』直系だし、何よりも負けたことなんて無かったのよ!?」

「だから?」

 『神血』がどうした。負けたことが無いのがどうした。
 そんな『モノ』に勝ったからといって何もかも救えるわけじゃないんだよ。
 街一つだって救えるわけじゃない。

「君に勝ったことは確かに、多少の強さの証明にはなるだろう。だが、それがどうした? それだけでこの土地の住民全てを救えると? はッ! 子供の絵空事でさえもう少しまともな事が言えると思うけど?」

 つらつらと出てくる罵倒の言葉。駄目だ、と何処かで警鐘が鳴らされるが、既に止まることは頭に無い。

「それとも何か? 君ならこの土地の人々を全て救えると?」

「う……っ、それは……ッ!」

「自分が出来ないからといって他人に期待するのは愚者にも劣る。大体、被害が出るとすれば君の勝手な復讐劇によるものだろう?」

「く……ッ!!」

 言葉に詰まり、歯噛みする聖。

 ああ、こんなものかと思い、

「でも! 貴方、事件も在るって言ってたじゃない! それはどうだって言うの!?」

「はぁ……」

 矛先を変えてきた。

 本気で失望した、と思い、それは君が言葉を受け止め切れないからだろう、と内心で指摘する。

 それに、

 ……まだ『守護者』の事を理解してないのか。

「だから、『守護者』に人民を護る事は義務付けられていないんだよ」

「でも! 貴方は目の前で人が危機に遭って見過ごすことが出来ると言うの!?」

 感情の本流。

 既に此方と彼女の魔力が衝突し、辺りのコンクリートは微塵になり、或いは変異しかけている。

 彼女は激情。恐らくは自分の感情が何なのかも分かっていないだろう。

 ……それを、人は甘さとかくだらない感情とか言うけどな。

 一人ごちて、しかし彼女を見据えて、

「それは出来ないさ」

「ほら! やっぱり――――」

「でも」

 またもや遮るように。

 静かに言の葉を紡ぐ。

――それがどれだけ傲慢なのか、分かっているのか?」

――、え?」

 ワケが分からない、といった風に彼女は疑問の声を出す。

 それすらも無知であり、傲慢だと思い、

「人を救う。一見良い事だが、それがどれだけ重いことなのか分かっているのか?」

「な、何が――」

「ある程度の労力を使って救う。そして、その次の人を救いに行く。では聞こうか。君は、この土地を一瞬で、それも隅々までに意識を張り巡らせ、その上で其処に一瞬で転移する術式でも持っているのか?」

「そ、れは――!」

「大体、救ったあとに、救ったものは全員を救えなかったときにこう言われるだろうな。――何故そいつら以外も救ってくれなかったのだと」

 それは、過去の体験。

 別に、救おうと思ってしたわけではなかった。

 ただ、目の前に居た『魔』を殺しただけで。

 しかし、その時に助けた人は居るし、その時の殺された人々の関係者からの、嫉妬と憎悪は、今でも脳裏にある。

「そ、そんなことを――」

「言わないと思うのか? 人間って言うのは欲に底が無い生き物でね。一つ、また一つと欲しがるんだよ。――例えそれが、誰かにどれだけ負担を掛ける事になろうとも、な」

 苦笑する。
 思い返せば、そんなことは腐るほどある。

 ……君はその人たちと大して変わらないよ。

 冷ややかな瞳を持って、要は言う。

――君も同じだ、聖さん」

「なっ!? あ、アタシは違――!!」

「違わないよ。君は復習のために此処へ来たといっておきながら、それでも他の事を得ようとしている」

 踵を返し、扉へと向かう。
 もう此処には意味が無い。

――余計なことをしているから、君は何も掴めないんじゃないのか?」

「……ッ!!」

 背後の向こう側で、聖が息を飲んで居るのが分かる。

 ……自覚すらなかったのか。

 また一段と、醒めたと思うようになり、しかし、

――でも! 貴方は、事件を解決できるほどの力がありながら、何もしないで居る!!」

 思わず、足が止まった。

 既に目の前には扉がある。

 其処をくぐれば、もう何も気がかりは無いと言うのに。

「いいえ! 例え貴方が何も出来なくたって、判っているのに何もしないのは卑怯じゃないの!?」

 言葉を身に受け、しかし苦笑する。

 ……若いなぁ。

 自分にもこんな時期があったのだろうかと、そう思いつつ、振り返らずにこう告げる。

――疲れたんだよ、何もかもにも」

「な――っ!」

 後ろで絶句するのがわかる。

 彼女から見れば、自分は何でも出来るように見えるのかもしれない。

 だが、

 ……俺は絶対の存在じゃない。

 だからこそ、何も出来なかった過去があり、どうすることも出来なかった出来事もある。

 それを諦観だと思い、自分に嫌悪を持ちつつ、扉を開く。

 潜る時に、思わず口が開き、自分への感情と、現状に対する感想が口をつき、

――あー、だりィ……」

 ――なにもかも、どうでもよくなっていた。

 

 

 

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