第三章

 

第三章

 『やっと話せるなあ、オイ』

 ……暑い。

 聖美歌(ひじりみか)は、起きた瞬間、そう感じた。
 衣服などを着て、体内にある温度を放出するためにする発汗のための暑さとは違い、直に体の表皮が日光にさらされている感覚だ。
 その感覚を全身が訴えている。
 つまりは、

 ……裸ってワケで……。

 海水浴にでも来ていたのかと思ったが違う。背中に当たる感触はコンクリートのそれだし、胸も股も何かで覆っている感覚はほとんど無い。

 ……私今ホントに裸!?

 思わず跳び起きた。
 身を起こせばそこに見えたのは山と空。晴れ渡った蒼穹の中に金の太陽と、連なった山々が見えた。
 その下を見れば街が見える。山の麓の扇状地に出来たそこそこの地方都市。
 そして自分の身体を見下ろすと、

「っ――――――!!」

 思わず意味不明なことを叫ぶ。辺りを見回して衣服を探すが無い。

 ……って『獣変調(アンノウン)』したら服破けるわよアタシ!

 自分にツッコみ、女の子座りしてから頭を抱えて二、三度振り、項垂れた。
 現在の服装は腰と胸周りに辛うじて制服の切れ端が纏わりついているだけ。
 そこから何があったのか記憶が巻き(リロード)される。

「えっと……」

 ……昨日アタシを殺した男の子を見つけて……。

 そうだった。昨日公園で月からの魔力を浴びて、思わず住宅街のど真ん中で『獣変調』したらあの男の子が来て、いきなり、

『えぇー……マジか』

 とか呟いた直後に斬りかかられて、その後は公園まで一気に下って、そこで『殺され』て。
 その後に何とか蘇生して、家に帰って寝た。

 ……コレが昨日までの記憶。

 それで今日は、と心の中で前置きをして。
 朝起きたら普通に動けるようになっていたのでそのまま登校して、クラスの女子たちと喋っていたら昨日の男の子を見かけて、喋っていた女のこの一人に聞いてみると、

『あー、朝闇君のこと?どしたの?興味でもわいたの?いやいや、冗談だって。へ?どういう風って、う~ん……変人?』

 としか返ってこず、他の子たちも同じような返答で、男子には少し近寄りがたかった為に聞くことができなかった。
 それを今日は勇気を出して、彼のクラスの男子に呼び出してもらった。何故鼻息を荒くしていたのだろうか?まあどうでもいいのだが。
 そのあとかれこれ待つこと十分。この屋上で待っていて、殺そうとしたら避けられて、あの妙な武装で防がれて、また殺されて――――。

「そうよあいつは!?

 慌てて周囲を見渡す。そこには何も無い。そう、何も無い(・・・・)のだ。
 自分が殺された時に出た鮮血や、破壊した痕跡。それら全てが丸ごと消えている。

「……」

 思わず、腕を組み、なぜかと考え始めたところで、
 金属の軋む音と共に、目線の先にある防火扉が開き、

「「――――は?」」





――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――



(アチ)ぃ……ダリぃ……」

 カンカン、と、足元から硬質な音を響かせて階段を上るのは要だ。肩を落とし、首は項垂れ、両腕もだらしなくぶら下がっているように脱力している。
 その両腕に提げられているのはビニール袋。中身はどうやら体操服のようだ。

 ……何で俺がこんな眼に……。

 あの後、彼女が一応『死んだ』のを確認した後、人払いの結界を閉じ、空間回帰で屋上の修理をした。
 しかし彼女が『蘇生』するのは分かっていたので、取り敢えず着させる服を探しに行っていた。

 ……だってほとんどボロキレ状態だったしなぁ……。

 生憎と女子から服を借りるような蛮勇は持ち合わせてはいない。というか持ち合わせたくない。そうなったらただの変態だ。そんなのは仁とかバカで十分。
 それで結局見つけたのが自分の体操服。今週は体育も無かったし使ってはいないので清潔だ。サイズは全く合わないだろうがまあ大丈夫だろう。

 ……でもソレよりなぁ……。

 いや、十分に衣服の心配も重要なのだが、ソレよりも、

 ……どうやって説明すればいいか。事件も何も知らない感じだったし。

 昨夜間違って殺したのは完全に自分の否で、つい先ほども殺した。理由無く殺した訳では無いが、

 ……昔だったら問答無用で殺してたな。

 しかし昔は昔。今は『裏』と関わり合いになりたくない。しかし、現状自分はこうして『守護者』としてここを護り、『裏』とも関わっている。それは、

 ……未練でもあるのかなあ。

 分からない。『賢魔』を殺した後、まるで自分は抜け殻だ。目標が無い。やるべきことが無い。探す気力さえ出ない。
 一族の再興もどうだっていい。仇は果たした。復讐は終えてはいないかもしれない。だが探そうとも思わない。復讐の心は、湧かない。実際に手に掛けたヤツを殺したからだろうか。分からない。
 腐るほどの求婚や養子縁組の話なんぞクソ喰らえだ。誰がするか。かったるい。
 一線を退き、今では隠居のように日嗣町の『守護者』をやっている。
 『守護者』としての『協会』からの給料と現役時代に稼いだ金で生きている。さき姉ん家からの援助金も来てるが、一切手を付けてない。銀行残高に十桁以上金があるのにこれ以上貯金してどうする。過保護すぎるんだあの家は。
 
 ……そういえば『防人』からは家出同然で出たんだよなあ。さき姉怒ってるだろうなあ……。

 恐ろしい。今度こそ自分は殺されるんじゃないだろうか。
 盛大な溜息と共に要は後ろ向きな考えを纏めて投げ出す。今現在考えるべきは、

 ……どうやって説得するかなぁ……。

 姿が見えた瞬間にこちらを殺そうとするのは眼に見えているし、かといって瞬時に殺しては堂々巡りだ。

 ……どうするかなあ………捕縛はあんまし得意じゃないからなあ……封印とか固定なら得意なんだけど。

「あ゛ー……ダリぃ……」


 堂々巡りする思考に嫌気がさして、溜息と共に呟いた。

 ……まあ取り敢えず実地で考えよう。

 そうしよう、うん、などと一人で頷いていると、目の前に階段の終わりが見えてきた。
 また一つ盛大な溜息をつき、目の前の分厚い防火扉を開け、



「「――――は?」」



 彼女――――聖美歌と目が合った。

 綺麗な琥珀色の瞳は、真っ直ぐにこちらを射抜き、しかし不理解に揺れている。
 豊満な胸元をかばった両腕は、既に跡形もなく癒着している。くびれた腰も、腹も、染み一つない雪肌だ。
 地にまで着きそうな長い琥珀の髪は、力なくコンクリートに広がっている。
 呆然としているのか、小さな口は開かれっぱなしで、声は出ていない。
 細く長い両足は、女の子座りの状態で、その上にある股は辛うじてスカートの残骸で隠されている。
 一瞬と言う時間が永遠に、意識の空白が共有されて、互いが全く反応を取れない。

「「……………………」」

 見つめ合い、鼓動が重なり、吐息が同時で、硬直した状態。
 それを先に破ったのは、聖の、

「……っ――――!」

「――あ、いやちょっと、コレは誤解――――」

「っきゃああああああ!!」

「だぐぁっ!?」

 悲鳴と同時の張り手だった。
 それは美しいフォロースルーを描いて要の下顎先端部に叩きこまれ、何かを言いかけた要の言葉を叩き潰すのと同時に身体をも吹っ飛ばした。



――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――



 ……熱ぃ。

 肌がジリジリと焼ける感覚。瞼を閉じていても、強烈過ぎる太陽光線は、思わず眉根を詰めてしまうほどに強い。 
 身体は仰向けに高熱のコンクリに投げ出されていて、四肢は肌に後が残るほどに熱い。と言うか痛い。

(アチ)ぃ……ってか(イテ)ぇ……」

 思わず呻いて身体を起こす。痛いコンクリに手をついて、身体を持ち起こす。が、

「……首が」

 持ち起こす時に左へと首が流れた時、思わず硬直した。
 走ったのは些細な痛み。だが首をそれ以上に左へ回すことが出来ない。つまり、

 ……寝違えた。

「いや違ぇ。顎にビンタ叩きこまれたからだ」

 口に出たツッコミで、そう言えばビンタを叩きこんだ張本人は何処に行った、と思い、取り敢えず首を右に回すと、

「……」

「……」

 ……眼が合っちゃいました。

 思わず心中で似合わないポーズと共にてへっみたいな声を出すと、

 ……いや待て待て待て、現実逃避してる場合じゃない。

 瞬時にツッコミを入れ、改めて聖の顔を見る。
 琥珀色の多少釣りあがった両眼。多少緩やかなウェーブがある長い琥珀の髪。何時の間にか体操服を着ているが、それでも豊満な胸やくびれた腰は隠せていない。
 だが今はそんな事はどうでもいい。いや、普段ならどうか分からないが。

「……こんにちわ」

「ええ、こんにちわ」

 ……おお、挨拶が帰ってきた。
 冷たい笑みでだが。

「いい天気ね」

「そうですね」

 放出魔力による陽炎がなければもっと綺麗かもしれません。

「さ・て、私を殺した御礼をしようと思うんだけど……どう?」

「ははっ、美少女に御礼をしてもらえるとは、有難いことで……」

「そう、じゃあ――有難さに感謝して死になさい!!」

「ぅおあっ」

 いきなりの突進。自分より小柄だが、しかし強化した肉体は普通に強化コンクリートをぶち破る。喰らえば危険と判断。

「――」

 速度は高速。手を地面から離し、仰向けになる。そのまま聖が突進してくる脚に蹴りを入れる。

「あっ――」

 呟きは無視。相手が浮かんで吹っ飛ぶ。脚を振り上げて旋回。勢いを殺さず聖の方向に一瞬で振り返る。
 既に彼女は地面に手を着いて足を広げ、身を右に回している。そのまま回りきればこちらへの顎に直撃する。
 腰を落として回避。その姿勢のまま無防備な横っ腹に右の掌底を突き出す。

「く――!」

 それに彼女は、更に右回転し、回し蹴りをすることで弾く。
 腕を弾かれたことで左へと身体が揺れる。それに抗わず、左回転。一歩踏み込んでの震脚、背中へ裏拳を叩きこむ。
 彼女はソレを前へと回転して避ける。そのまま立ち上がる途中の姿勢でもう一度前に飛び出し、身を捻ってこちらを向いた。
 彼女の息は荒く、驚いた顔でこちらを見ている。

「……やるじゃない」

「伊達でこの町の『守護者』を引き受けてるんじゃないんでね」

 軽口を叩いて挑発する。だが乗っては来ずに、彼女は微かに笑う。

「ふふっ……、いいわね貴方。強いって言うのは魅力の一つよ?」

「生憎と、彼女が欲しい訳じゃない」

「……むかつくわね」

「それはどうも」

 腰を落とし、肩と地面を平行になるほどに体を前に倒す。
 そのままの状態で、己が武装を喚起する
 言の葉に乗せるのは己が魔力。主である権限を示し、絶対権を行使する。

「――『紅神』・『魄穿』」

 自分専用の武装である二振りの短剣。それらは両方とも規格外の代物だ。
 しかしそこで終わりはしない。そのままもう一つ、防具を喚起する。

「――『卯月』」

 言葉と同時、意志の速さで両手に漆黒の護法手甲が装着される。
 己が姓の下に作り上げた最高傑作。
 そのまま二振りの短剣を握りこみ、

「『紅神』、『紅機』50%限定開放。『魄穿』、『五領結核(ファイヴコート)』励起」

 言い終えると同時、息を吸い込み、腹に力を溜めて、

「――ッ!」

 一気に走り出す。
 今や神格者と同等以上の身体能力は、容易く人間の限界を超えた速度を叩き出す。

「くッ!?」

 いきなり人外以上の速度で迫る要に、聖は慌てながらも身構える。
 走り、しかし更なる速度を求めて加速する。
 地を蹴る足は力強く、刃を持つ両手に力は入れず、前を見る眼に覇気は無く。
 ただ、敵を封じることを考えて、

「あー……ダリぃ……」

 肉薄し、武装を振るう。――前に。

「ッりゃあぁッ!!!」

 聖の右手が要の脚を薙ぎ払わんと振るわれる。
 互いに高速で、相対速度からして直撃は必須。このまま当たれば致命傷は免れても一瞬無防備になるだろう。
 その時に連打を叩き込めば、死なないまでも戦闘不能にはなる。
 つまり、当たれば聖の勝利は確定で、彼女が勝利を確信した時、

「なっ!?」

 ――要は宙へと跳んでいた。
 姿勢は逆さまの両手を広げた状態。逆十字架。
 そして眼はしっかりと聖へと向いており、その眼を見た瞬間、

「ひ……!」


 途轍もない恐怖を感じた。
 殺気からくる脅えとは違う。衝撃を受けた時の竦みとは違う。血を見ることの恐怖ですらない。
 ――本能からの恐怖が、聖の全身を縛った。
 その目は暗く、昏く、喰らく、闇い。源初の混沌、『恐怖』という概念のその物を叩き付けられ、硬直した。
 目を離すことも出来ず、身じろぎすらも許されない絶対の恐怖。ソレはまさに万物の『死』。
 『死』が手を振り、

「――っらぁッ!!」

 一瞬で聖の周囲の地面に、五つの穴が穿たれた。
 
「え……?」


 呆けた声が漏れ、何故かと考え、そして彼女は見た。
 ――穴が全て等間隔で五法星を描いており、それら全ての穴に魔力が注ぎ込まれているのを。

 ……しまった!

 自分の失策を悟り、その場から逃げ出そうとして、

「――『縛』」

「ぐぅッ!?」

 一瞬で穴と穴が黒い線で繋がり、聖の身を縛り上げた。
 そして目の前には、黒紅の短剣を携えた死神が一柱。
 死神は重い溜息をつき、肩を落としながら、

「あー……コレでやっと落ち着いて話せる……」

 覇気のない声で呟いた。

 

 

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