第二章

 

第二章

  人狼

 ギィン!
 聖の爪が朝闇の首に届く直前、それは弾かれた。
 ………は?
 ありえない、と彼女は思考した。
 自分の爪は、人狼族(ワーウルフ)の起源とされる『神血(ブルーブラッド)』の直系の子孫として、並みの錬成魔鉄(クリアランス)
ならば紙と同じ。触れただけで切り裂いてゆく。
 人狼最大の弱点として知られる真銀。それは人狼の生物概念として取り込んでしまった『
欠点』。しかし『神血』はソレすらも無理矢理にねじ伏せ、切り裂いてしまえる。
 ―――――なのに。

「貴方っ、一体、コレ(・・)は……!?」

 彼女の爪を防いでいたのは―――――短剣。
 刀身は半透明の紅。刀身の中心は紅が深く、向こう側までは透けて見えない。ソレはまるで血晶から削りだし、圧縮し、ただ研いだだけのような印象を与える。端的に見れば、紅水晶と誰もが答えるだろう。見たところ、鞣革で包まれた柄も、刀身にも、それらしき固定術式(ホールディング)は見当たらない。だが、そんなもので彼女の爪を防げる訳がないのだ。
 そのまま足を踏ん張り、全力で力を込める。だが、

 

「―――――あのさあ。人狼一体を一人で狩れる魔術師が自分の身体に固定術式(ホールディング)を彫り込んでない訳がないだろ?」


 目の前の少年―――――確か
朝闇要と言ったか。彼は表情を呆れたようにこちらを見下ろして溜息と同時に呟いた。
 確かに、人狼を一人で狩れるのはほぼ全員がAAクラスの魔術師か、異能者。それも真っ向からの正面戦闘が出来るとなれば、政府が頭を下げるほどの有名人か、恐れられるバケモノ。つまりはS以上。
 ………確かにSになれば誰でも掘り込んでるわよね………!
 奥歯を噛みこんで更に力を込める。だが、
 ………コレでも全く動かないってどーゆーワケ!?
 既に両腕は完全に変身(トランス)している。全身も、外見上は変化は無いが、『神血』を開放して身体能力を数倍以上に高めている。
 通常の魔術師―――――十分に通常では無いが―――――でSランクと言えども、純粋な戦闘執着者(バトルマニア)か、肉弾戦に特化した異能者でもない限り、吹っ飛ばされる。
 ………なんで―――――
 そこではたと思い出す。昨夜。そう、自分が殺されたあの夜。この少年は、
 自分の全力の一撃を、防いでいなかったか?

「―――――!!!」

 咆哮。
 それは恐れと同時に、人狼族としての戦闘への歓喜によるものだ。
 ……私は、強者に出会えた……!
 ソレも跳びっきり。多分恐らくSS。まさかSSSは無い。なんせこんなところは場違いすぎて『神前教会(テオウルマギナ)』の連中が皆揃ってひっくり返るほどのことだ。だから―――――

「さあ!!存分に戦いましょう!!」

 最大の開放。『神血』を沸騰させ全身に―――――
 彼女が変身しようとした。既に制服の幾つかは破れ、その素肌からは茶色い、ソレでいてそこか神聖を思わせるしなやかな毛が見えていた。
 直後、暴風が生じた。



「おいおい……マジか」

 思わず口をついて出たのはあきれの声。何故なら、

「何でこんなとこで『獣変調(アンノウン)』すんだよ……」

 眼前、距離をとった前では、聖が己のうちの血を呼び覚まし、人間から人狼へと変化している。『獣変調』とは、『世界』にとっての『異常(アンノウン)』である『人狼種』を、『ニンゲン』の血を混ぜ、この世界にとって『人狼種』を『幻想種(ファンタジア)』から『現実種(リアリティ)』に近づけることで、『世界』にとっての『異常』ではなくし、その存在を顕現させる事。
 しかし、『神血』の直系である聖にとって、その血は限りなく『幻想種』に近い。だが、彼女にはもう一つの姿を顕す潜在能力(ポテンシャル)があった。
 そして、『神』の字を冠する通り、それはある種の『超越者』を顕す。

 ―――――それは、此の世に(うま)れた。

 吹き荒れる風は魔力の塊。
 響き渡る轟音は歓喜の咆哮。

「――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――」

「『緋宴(ひえん)』限定最大展開。『夜影(よかげ)』常時励起状態で固定」

 淡々と呟き、久しぶりの全開状態(フルスロットル)になる。
 ―――――『緋宴』により身体能力を概念的に強化。
 ―――――消費魔力量通常の250%。
 ―――――『固定術式』『夜影』常時励起状態で固定。
 ―――――消費魔力量通常の300%。
 一気に上昇した魔力消費量。『自分』の一部である何かが失われていく感覚がある。しかし、
 ……大した事じゃない。
 このままでも一週間は余裕。

「―――――卯月」

 両手に『卯月』を喚起。自然体のまま両手をぶら下げて構える。

「―――――ッ!!」

 長い咆哮の終わり。そのまま突進してくる。
 ……下位かと思ったら『神血』だとは、思ってなかったなあ……。
 本当にだるい。なんで自分ではなくさき姉んとこに行かないのだろうか。
 ……愚痴っても仕方ないか……!

「ッヴァッ!!」

「締ッ!!」

 獣声と共に繰り出される爪の一撃を左の『紅神』で外に弾く。
 しかし、 目の前の聖―――――否、『人狼』は、弾かれた衝撃を利用して、回転し、飛び上がり、蹴りを放ってくる。
 それを腰を落とすことで避け、左足で踏み込み突きを出す、が、

「―――――」

 『人狼』はソレをもう一回転することで右の爪で弾いた。

「―――――く」

 衝撃を受け止めきれず、右に流れた体を、着地した『人狼』は着地した直後、四肢で身体を振り、こちらに爪を放ってくる。

「ガァッ!!」

「禍ァッ!!」

 右足を地面に穿つように叩きつけ、軸足にして回転。気声と共に両手を振るう。

「ジャッ!!」

「覇ッ!!」

 こちらが放てば相手は避け、相手が放てばこちらは受け流す。

「ヴァウッ!!」

「締ッ!!」

 逆手での一撃。爪で弾かれる。

「―――――ちっ」

 一度反動を付けて背後に跳躍し、距離を取る。
 約6メートル。

「グゥゥ……!」

「なあなあ話聞いて……はくれねえよなぁ……」

 言った瞬間に威嚇されて肩を落とした。
 ……正気じゃあないし、どうやって話を聞かせっかな……。
 思考する合間に攻撃が来たので迎撃、回避。
 ……多分あの事件とは無関係だろうし、あああ後が怖ぇ……!
 心中で戦々恐々しつつ、一番簡単な方法を考える。
 それは、
 ……一度叩き伏せてから正気に戻して話を聞かせる事……。
 自分の実力ならば簡単だろう。背後にでも転移して腱を切ってダメージを与えればいい。
 だが、
 ……後々メンドイんだろうなぁ……。
 肩を落として溜息をつき、しかしやるしかないか、と決心し、力を抜いてから顔を戻し、
 ―――――『魔眼』、発動。

「―――――」

「!?」

 死閃を合わせた。
 その眼を見た直後、『人狼』の動きが止まり、
 ……決める!

「―――――仮穿(かせん)

 ―――――空間用術式『夜影』発動。

「―――――締ッ!」

 人狼の四肢の健が穿たれた。

「ガッ!?」

 正確に手首足首の腱を穿ち、そのまま身体を回転させて連続の刺突を作る。

「―――――封刺(ほうし)

 どずっ、と言う鈍い音が何重にも連なり、鮮血が蒼穹の下に舞う。

「ギ―――――!?」

 『人狼』が戸惑いと苦痛の呻きを洩らすが無視。
 数瞬にして無数の刺痕を付けていく。
 最後に、一度タメをつけ、両手を交差するように振りかぶり、

「―――――羅ァッ!!」

 一気に振りぬいた。

「イ゛―――――」

 肉を割き、骨を断ち、それらの感触を手に得ながら、振り終え、背後に跳躍。身を屈めて制動を掛ける。
 眼前、鮮血の舞台となった屋上では、一匹の人狼が無数の刺痕を穿たれ、両腕上腕部から腰にかけてを切り裂かれ、崩れ落ちるところだった。
 ……もうこりごりなんだがなぁ……。
 またも『裏側』に関わってしまった自分に嫌気がさす。
 三年前で関わりを切ろうとしたのに、何故まだ続いているのか。
 この夜はままならないのか、と思いつつ、口は既に言葉を出していた。

「―――――あー、だりィ……」

「――――――――――――――」

 苦痛の咆哮が、途切れた。

 

 

 

 

 

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