第一章
だりィなぁ、おい
教室とは、学業を全うする場である。
教師が生徒に勉学を教え、それを生徒が吸収し、役立てていく。何に役立てるかは個人の自由だが。
つまりそれを吸収・理解するために、教室とは厳粛であり、私語がない場であるのだが、しかし、現在の教室には生徒達の談笑とツッコミの鈍い打撃音などが響いており、活発な雰囲気、生徒たちからは爽快感が溢れだしていた。
多くの者は既に手に薄っぺらい鞄を持ち、壁に身を預けたり机や椅子に座り話している。
その内容は、
「―――――どうよ今回?オレ結構出来たんだぜ?平均四十点ぐらい」
「―――――お前ソレ良く出来たって言わねえよ。まあ俺も五十ぐらいだけど」
「―――――アンタたちバカ自慢してないで勉強したら?」
「―――――アンタも平均五十ぐらいでしょうに」
どうやらテストであるらしい。それも終わった直後である。
大部分が自分のテストを評価したり、少数が床に突っ伏して水溜りを作り、さらに極少数は、
「あ~あ~♪川の流れのよ~に~♪気~に~し~ない~♪」
「俺ッ、俺ッ、飛べるんだよぉぉぉぉぉオオオオ!!!!!」
歌ったり窓から飛び降りたりなどをしている。
そんな騒がしい教室の中、一人だけ、机に突っ伏して動かない少年がいる。
突っ伏した背は、そこそこに高く、余分な肉がついていない。頭の色は闇を連想させる漆黒であり、長い。夏服である半袖のカッターシャツからは、長く、それでいてしなやかな筋肉がついている腕が組まれ、その上に頭が置かれていた。顔は左を向いており、そこからは真夏の日差しが窓を通って少年の顔を照らしていた。その顔は眩しいのか別の理由なのか、眉間に皺を寄せており、不機嫌な印象を与える。そのまま彼は不機嫌顔のまま、ゆっくりと口を開き、
「……あー……だりィ……」
魂が抜け落ちるような溜息付きで呟いた。
そのまま顔を腕の間に挟み、動かなくなる。
「……」
教室には空調が効いており、突っ伏しても汗を掻く事は無い。
(あー……イイねコレ。このまま寝よ……)
少年が現実と夢の間を漂い始め、全身から力が抜け、意識が落ちかけ、
(あ、寝れる―――――)
「ぅおい要ェ!!」
「ぃばっフっ」
直後、鈍い打音と共に少年の背が震え、呼気と共に驚愕の声が響いた。
その背中には大きな手が開いて置かれており、そしてその手の持ち主は笑顔だ。
軽く百八十強の身長に、全体的にがっしりした体格。制服のすそから見える部分全てが日焼けしており、その顔には邪気のない笑顔。髪の色は茶色。ザンバラに切られたソレは、しかして男の雰囲気に良くあっている。
「お?どした要?」
「ケフっ、カヘッ……!!」
キョトンとした男に対し、しかし彼は咳き込み、言いたい事が言えない。
「おいおい、大丈夫かよ?そんなんじゃナンパ道は程遠いぜ?」
「ンなだりィ、事ッ、ケホッ、誰が、する、かっ、よ………」
少年―――――朝闇要が後ろへと目を向けてそう言うと、男は腰に左手を当て、腰から上を前に倒し、顔の前に右人差し指を持ってきて舌を三回ほど鳴らし人差し指を左右に振りつつ、
「だるい?ナンパなめるなよ要。オマエアレは思考の『技』なんだぜ『技』!!」
「しるかアホ。ていうかんな事言ってると核、オマエ美紀に殺されるんじゃねえの?」
半眼で言われ、しかし男―――――三上核は腰に両手を当て上体を戻して胸を逸らして、
「はっはっは!今アイツは上で生徒会やってっから問題ナシだ。つ・ま・り―――――」
そこで三上は三回ほど回って両手を伸ばし、左手を首の前に持ってきて右手をそのまま伸ばしてポーズを決め、
「ここは俺の自由空間!!ふりーだむだ!ふりーだむ!!わかるか要?この俺の頭のよさを。ああでもわかんねえだろうなあ、オマエ馬鹿だしなあ」
「どうでもいいがフリーダムのスペルは?」
「は?そんなのHURIIDAMUだろ?オマエマジでそんなのもわかんねえの?バッカだなあオマエ」
「―――――よしわかった。オマエは一度英語辞典を読め。話はそれからだ、ク・ソ・バ・カ」
「やめろよ要、オマエそんな、褒められたら照れんだろ?」
後ろでくねくねしだした三上を半眼で睨んで引く要。周囲からは、
「おいおいおいおいおいまた核が異常をきたしてるぞ」
「やっぱり美紀さんがいないと誰も止められないのかしら」
「いつもの事だけど、もうちょいマシにならんかなぁアレ」
「……おいお前の価値はすでに地に落ちてるってか少しは元に戻す気はないのか」
「は?オレの価値は最上で最低だ。落ちることも上がることもねえよ。分かってんだろ?」
軽い口調で言った言葉を、しかし要は一瞬だけ表情をフラットにし、
「……そうだな」
「そうそう、わかってんじゃねえか」
うんうんと頷いた三上。しかし、
「……ところで核、お前オレに何か用か?」
「ん?おおそうそう、ええとだな―――――」
「何だよ」
「ええと―――――」
三上が腕を組み、三秒経ち、更に三秒経ち、
「―――――駄目か」
「いやいやいやいや!何も駄目じゃねえぞ!?」
「疑問形かオマエ。じゃあ後制限時間三秒―――――」
「ぅお!?えと、ええと、あの―――――」
「1―――――」
「いや、だからその―――――」
「2―――――」
「こう何と言うかつまり―――――」
「さ―――――」
「ナンパ道!?」
叫んだ瞬間、周囲から音が消えた。
周りからは女生徒達のヒソヒソ話が高速で形成されつつある。
「……」
「……」
男二人は目を合わせ、
「……すまん」
「……もういいからさっさと話せ」
ああ、と頷いた上で、三上は微妙にうれしそうな顔になり、
「―――――屋上でお呼びだ」
「誰がだ」
「んなもん女性に決まってんだろ?だいたい男でオマエ呼ぶのはガチホモぐらいしかいねぇだろ」
「勝手に上級生の奴らが因縁つけて喧嘩吹っかけてきただけだ。マジでだるかった……」
「だるかった、じゃねえよオマエ。おかげで隠蔽するのにどれだけ苦労したか……」
「美紀が、だろ」
「そうとも言う」
はっはっはと笑う三上を半眼で睨み、その上で三上は笑いつつ口を開き、
「まあ早く行ってやれよ。お相手は噂の転校生だ。性格は表面上は優しいかもしれんが、親しい人間にはかなりきついだろうなぁ」
「……人事みたいに言うな」
盛大なため息をついて立ち上がる。そのまま扉へと足を向ける。
「お?なんだ行くのかよ」
「当たり前だろうが。一応行くさ」
ため息をつきつつ、扉を開く。廊下に出る直前、苦笑しつつ首だけで振り返り、
「―――――後々面倒だろうしな」
階段。上下への道として作られたそれは、硬質だ。
そのため、閉鎖された空間においては、その硬質ともあいまって、学生靴や上履きの足音は、一つだと良く響く。
つまり、
「あちぃ……」
そこは使うものはあまりいないということだ。
「何だってオレがこんなめに……」
ぼやきは誰にも聞こえることなく、ただ少しだけの反響が連鎖していくだけだ。
旧部活塔。その名の通り、今では建物の老朽化が進み、使用・出入り禁止の建物。しかし実際は警備がないのをいい事に、休日や放課後は不良連中がたむろしている場でもある。そのため、生徒は寄り付かず、不良連中は屋上には行かないため、階段は寂れた場となっている。
少なくとも、自分はそのような場に女生徒からお呼びを掛けられるような真似はしていないはずだが、
「……オレ、何かしたか……?」
上がりつつ、肩を落として溜息をつく。
大体自分は転校生とは何の係わり合いもないはずだ。何故なら興味がない。というかだるい。
「やってないはずなんだけどなぁ……」
少しだけ考えて、頭の中を検索しても答えが出ないことに頭を抱える。
まあ考えても仕方ないか、と一応区切りをつけ、しかし面倒だと思い溜息をつく。
直後、階段が終わり、眼の前に鋼鉄の扉が見えてきた。
「はぁ……」
一度だけ溜息をつくと意を決して扉を開いた。
「―――――と」
扉を開くと風が舞い込んで来る。
温風とも言えるそれは、しかし汗だくの自分にとっては気持ちいい。
それと同時に真っ青な空と煌々と照りつく太陽が視界にはいる。
夏の象徴二つは、それだけで絵画とも言える美しさを造る。
しかし、
「―――――あ。来てくれたのね」
それらよりも、
「女の子を待たせるのは、マナー違反じゃない?」
「……ごめん。馬鹿が回りくどくて馬鹿で遅れた」
屋上にいるその少女を、
「ふふっ、なにそれ?」
美しいと思った。
背は百六十強。女子の平均身長を上回る。
やや強い風にあおられる長い黒髪は、右手を耳元に添えることによって少し押さえ込まれている。
こちらに向けられている顔は微笑で、何がおかしいのかくすくすと笑っている。
そのまま歩いて行く。
「ごめんね?勝手に呼び出しちゃって」
「別に。気にしてない」
彼女も身を預けていた縁から身をはがし、こちらへと歩いてくる。
「確か、聖さん、だっけ?」
「ええ、聖美歌よ。あ、でも覚えなくていいわ」
「何故?」
問うた直後、目の前に聖の端正な顔があった。
「―――――殺すから」
瞬間、右腕が振りかぶられ、こちらに叩き付けようとしている。
既に『魔術』を使用しているのか、もしくは『異能』か、恐らくはそれらによっての加速、及び身体強化。
もしくは―――――
考えが終わる前に、腕の一撃が来た。
狙いは首下。強化した肉体ならば一撃で殺せるだろう。
しかし、
「よっ」
「!?」
バックステップで回避。そのままもう一度バックステップで距離を取る。
そのまま声をかける。
「おいおい、コレが挨拶の後の礼儀か?」
「昨日私を出会い頭に攻撃して殺したくせに」
「昨日?」
おかしい。自分はこの少女に何もしていない。誓って。
それに昨日殺したと言えば―――――
「あ」
「思い出したかしら?」
「君昨日の人狼かぁ」
「ええそう。ほんと、良くも殺してくれたわね」
「あれ?でもだったらなんでお前生きてんの?」
思わず首を捻って考えたところには、既に猛々しい狼の爪があり、
「―――――死ぬんだから、知る意味ないでしょ?」
―――――斬撃が走った。
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